(6)彦根(ひこね)神社(じんじゃ)
     (後三条(ごさんじょう)今昔(こんじゃく)ものがたり)


井伊(いい)家(け)が彦根藩主(はんしゅ)となり、築城(ちくじょう)当時(とうじ)、彦根山<金亀山(こんきやま)>にあった多(おお)くの社寺(しゃじ)をとりはらいましたが、移築(いちく)もされずに破壊(はかい)されたお堂(どう)の中(なか)に、活津彦根命(いくつひこねのみこと)を祀(まつ)った社(やしろ)もありました。
井伊家七代(しちだい)当主(とうしゅ)のとき、彦根藩(はん)として彦根の地名(ちめい)由来(ゆらい)の神(かみ)を、城下(じょうか)近(ちか)くにまつることになり、1734年(享保(きょうほう)19年)5月28日、田中(たなか)神社の相殿(そうでん)に活津彦根命をうつし、8月5日、田中神社の社号(しゃごう)を彦根神社と改(あらた)めました。
社紋(しゃもん)も井伊家ゆかりの紋所(もんどころ)、井桁(いげた)、橘(たちばな)とし彦根の惣社(そうじゃ)となりました。

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彦根神社

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