(4)河瀬城(かわせじょう)跡(あと)


南北朝(なんぼくちょう)時代(じだい)のころ、近江(おうみ)の地頭(じとう)であった京極(きょうごく)氏(し)の子孫(しそん)の河瀬氏によって、現在(げんざい)の南川瀬町(みなみかわせちょう)に城(しろ)が築(きず)かれました。
京極氏の祖先(そせん)は、もともと宇多(うだ)天皇(てんのう)の第三(だいさん)皇子(おうじ)で、安土(あづち)のきぬがさ山(やま)に観音寺城(かんのんじじょう)を築いたといわれています。
河瀬城は、現在ある法蔵寺(ほうぞうじ)と一体化(いったいか)した城であったようです。

「ふるさと・かわせ」

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