辻堂の氏神さま

彦根市辻堂町のお話


あるのどかな昼さがり、おじいさんはえんがわでお茶を入れながらこんな話をしてくれました。


辻堂の氏神様は、えらくあらたかな氏神様でのう。おもいびょうきだったひとが、毎朝毎ばんおまいりしていのったおかげで、すっかり元気になり、またしんぱいごとのたえなかった人が、いっしんにおいのりしたら、それがだんだんなくなり、ずいぶん家の中も明るくなったということじゃ。

今でこそやぶの中のちょっと小高いところにおいでなさるが、むかしは村からすこしはなれた、じめじめしたところにまつってあったそうじゃ。

ある夜のこと、村の人がおやしろの前を通りかかると、火のけのまったくないおやしろから、火がぶうぶうふき出しているのを見たそうな。ふしぎに思って神さまにつかえるみこさんにおうかがいをたててもらうと、

「氏神のやしろが、こうも村からはなれていては、宮まいりするにも、まつりをするにもまことにふべんなことじゃ。それにここは土地がひくく、雨でもふればぬかるみになり、村の子どもたちがあそぶこともできない。ちんじゅの森では、そうじをしたり、どんぐりをひろったりする子どもの声が聞こえないとさびしくてならぬ。早くばしょをうつすがよい。さもないと村にさいなんがおこるかもしれぬぞ、心せよ。」

おどろいた村人たちは、みんなでそうだんして、今のばしょにおやしろをうつしたそうじゃ。それからというものは、ふしぎな火がもえることもなくなったということじゃ。また、あるとき、いつも氏神さまにおまいりしていたひとりの子どもが、朝方、おやしろの屋根の銅板(どうばん)がすっかりめくりとられているゆめを見てのう。ふしぎに思ってすぐおきておやしろに行ってみると、ほんとうに銅板は一まいのこらず何ものかにぬすみとられていたということじゃ。氏神さまと子どもの心が通じあっていたのじゃな。

そこで村の人たちは、すぐに屋根をなおし、今までいじょうに氏神さまを大切におまもりするようになったのじゃ。


おじいさんは、話おわると、お茶をごくりとおいしそうにのみほしました。

その後、おまいりする人もますます多くなり、辻堂には何ごともおこらず、平和な日々がつづいているということです。

(宮内甚太郎氏の協力による)

前の話へ目次